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Endless Summer (via nodoca)

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They are bad ass.

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籠の中で生まれた鳥は飛ぶことを病気だと思ってしまう。

/アレハンドロ・ホドロフスキー

“Birds born in a cage think flying is an illness.” —Alejandro Jodorowsky

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daily zen/twitter (via natu-rou)

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(Source: cheesekills, via blahxxx3)

(Source: pinterest.com, via blahxxx3)

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・「もう、あと何年くらいしか生きられないわけだから、食事を一日3回ずつするとしても、1万回しかないんだ。そういうと多いかもしれないけれど、案外、少ないものなんだぜ。だから、一回一回、貴重なんだ。うまくないものなんか食ってられないんだよ」

というような発言をあちこちで、耳にしてきた。あと何回食えるかだとか、今後、どれだけ原稿を書けるかだとか、死ぬまでにあと何冊本が読めるかだとか、いろいろな「あと何回しかない」がある。

ぼくは、それ、嘘だと思うんだ。残り少ないから、一回一回が大事だと言うのも、10本の指で数えられるようになってからならわかる。千だの万だのという具体的に見えにくい数字を、暗算であるにせよいちいち計算して、「だから大事なんだ」というのは、性格のちがいもあるのかもしれないが、ぼくにはわからない。残りが何回だろうが、関係あるか。うまかった、まずかった、そうでもなかった、 で、いいではないか。それは、生まれたばかりの人でも、元気な青年でも、老い先長くない老人でも、同じことなんだと思うのだ。

年をとった人は、長期でやれることに限りはある。犬や猫を飼いはじめたら、死ぬまでめんどう見きれない。体力のいることを続けてやることはできない。そういうものなのだから、それでいいではないか。いつか死ぬということについては、少年だって同じだ。目に見えないほど大きな残りの数をことさらに言って、「だから大事にするんだよ」なんて、年をとっていることでいばっているのではないだろうか。じぶんひとりの趣味にしておくならいいけれど、「そういうことを言うもんじゃない」と、ぼくは思う。

ぼくは、じぶんが年寄りになってきたものだから、これまでの年寄りの言うことに、やや厳しくなっている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。老人が老人ぶるのって、そういう甘えなのかもしれないね。

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— ほぼ日刊イトイ新聞 2014年8月27日の「今日のダーリン」

778:

ねこ -ちゃーちゃん- (by 樹/Tatsuru)

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